2018年01月06日

ちょっと個人的な記事 宮崎西橘編


まだバブルの名残りがある頃
繁華街、宮崎市西橘(通称:ニシタチ)を週末に歩けば肩がぶつかるほど賑やかであった。

25年前カタギ時代(笑)
ピカピカの社会人だった私は週2〜3回くらいだったか?西橘を徘徊していた。
夕食は居酒屋で、そしてスナックへ。。。な、独身貴族のお決まりコースでした。

いろんな居酒屋に行ってたが、ある日、西橘に新しい日本料理屋が出来た。
『もと樹や』と言う上品な店でした。
暖簾をくぐって入ると、なんか居心地がよく、ゆっくりできるお店だったので3〜4年か?よく通いました。
カウンターに座るとマスターが『Z君、腹へっちょっとね?』と聞いてくれて
私が『もー、ペコペコです』と言うと、カウンター越しの厨房で料理作ってくれた。
この店では日本酒を飲んでました。緑川、勝駒、〆張鶴とかをよく飲んだかなあ。。。
スタッフみんなやさしく丁寧で、ほんとありがたく感じてます。
今考えれば、若造の分際で(笑)一人で粋にカウンターで酒を飲んでいたのです。←タイムマシンがあればこの若造がどんなやつか見てみたいもんです。

でも、この事が今の私にとって大きな勉強をさせてくれた、と思います。
この店でたくさんの人と出会いました、今でも交流している人もいます。
カウンターに座ると横の知らないお客さんと話をしたりすることで、お酒のたしなみ方、夜の街のルール、食事作法等が自然と身についてやがて当時の仕事や生活に生かされていたのであろうと思う。。。

たかが酒、と思われる方がいるだろうが、当時の酒場の先輩達は酒を通して、我々のような若造を捕まえて色々教えてくれたのだと今頃気がついています。先輩方ありがとうございました。


この西橘の『もと樹や』さんは先日の年末に閉店しました。
今の私があるのは『もと樹や』のスタッフや常連の先輩方のおかげです。
25年間お疲れ様でした。ありがとうございました。

nistimoto.jpg




追伸、その道を挟んで向かいに細い階段を登るとスナックSocksというカウンターだけの小さなスナックがあった
もと樹やで飯食って、Socksに行くと言うお決まりのコースでした。
このスナックのマスターからもよく怒られ色んな事を教えてもらいましたwww

こんな曲が流行ってたっけな?






posted by Z隊長 at 21:09| 大分 ☀| Comment(0) | 現場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: